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トキワ精神保健事務所 精神保健分野の現状
ここでクリア
精神保健分野の現状
現在の精神科医療は「脱施設化・地域移行」中心

「脱施設化・地域移行」とは、精神障害を含め障がいをもつ方々を医療機関(施設)に閉じ込めるのではなく、地域社会で生活ができるように支えていこう(=共生)という取り組みです。日本では障害者総合支援法(2013年4月1日施行)や、改正精神保健福祉法(2014年4月施行)により、精神障害者地域移行・地域定着支援事業の内容が具体的に定められています。
地域共生社会の実現のため、直近では、改正障害者総合支援法が成立し(2016年5月25日)、就労定着支援や自立生活援助など新たなサービスが加わり、2018年4月1日より施行されることが決まっています。精神保健福祉法も、改正の見直し時期であることに加え、相模原障害者施設殺傷事件を受け、再発防止の観点から改正案が衆議院に提出され(2017年2月28日)、現在審議中です。※具体的な内容は、厚労省のホームページ(地域定着支援の手引き)(社会保障審議会障害者部会(第84回))などで確認することができます。
この、「脱施設化・地域移行」の理念自体は素晴らしいものです。しかし現実に目を向けてみると、「医療や福祉のケアが必要な患者ほど、家庭や地域社会に放置される」というマイナスの現象も起こっています。

公的サービスは たくさんあるのに助からない
脱施設化・地域移行の問題点とは!?

●本人の意思を尊重する!?

「脱施設化・地域移行」の根底にあるのが、「本人の意思を尊重する」という考えです。これにより精神保健に携わる行政機関や医療機関も、「治療や支援を受けるかどうかは、患者本人の意思に委ねる(=任意)」という流れになっています。「本人の意思を尊重する」ことは、人間の尊厳(人権)を守るための重要な理念であり、本人が治療や支援を望んでいる場合の受け皿は、増えつつあります。しかし、精神疾患においては、大きな問題もはらんでいます。

●病識のない患者へのケア

精神疾患は、身体疾患と違い、「病識(自分が病気であるという認識)の有無」が、その後の経過に大きく関ってきます。重篤な精神障害者ほど、病識がなく、治療や服薬の必要性をまったく理解してないからです。アメリカの神経学者によると、これは「病態失認(anosognosia)」と呼ばれる症状で、アルツハイマーや脳卒中でも見られるように、脳の特定箇所が解剖学的ダメージを受けたときに起こることだと言われています。

●見て見ぬフリの危機介入

「病識のない」「病態失認」の状態にある精神障害者に対して、「本人の意思を尊重」することは、治療や支援を「受けない」状態を継続することにもなります。未治療や受療中断の長期化によって症状が悪化し、家族や第三者への暴力、暴言、迷惑行為といった事態が生じているケースも少なくありません。また、本人が食事や保清を拒否したり、深夜徘徊、自殺未遂を繰り返したりして、健全な生活を送れていないケースもあります。このような「危機介入」の必要なケースに対して、公的機関による具体的対応策は、今のところ皆無に等しいのです。

●日本に先駆けて、「脱施設化・地域移行」が行われたアメリカの現状

アメリカでは1940年代から、「脱施設化」の号令のもと、地域移行が進められてきました。精神科病院を削減し、医療施設にかわる「地域精神保健センター」を各地域に設置しましたが、運営は上手くいきませんでした。結果として精神障害者のホームレス化や、事件化(刑事施設の精神病院化)といった事態を招いています。とくに、病識のない患者へのケアは、まったくされておらず、事件が起きてから警察や司法が対応するしかない状況です。ニューヨーク市では、警察署こそが「世界最大の精神医療のアウトリーチチーム」と呼ばれ、他の州でも、警察署自ら危機介入チームを設立するなど、精神障害者に対峙するための訓練も行われています。一方で、警察官による精神障害者の射殺事件が相次ぐなど、社会問題にまで発展しています。
※アメリカの現状については、「American Psychosis(E. Fuller Torrey博士著)」をもとに、押川剛の著書 子供の死を祈る親たち (新潮文庫)で詳しく記述しています。

日本の現状はどうか?
入院治療
1.入院治療自体のハードルが上がった!

入院治療で言えば、家族等の同意による「医療保護入院」ではなく、本人の意思による「任意入院」が主流になりつつあります。この背景には、改正精神保健福祉法において、保護者制度(病識のない精神障害者に治療を受けさせたり、権利や財産を守ったりするために、おもに家族に課せられた義務のこと)が廃止されたことも影響しています。家族が、本人に対して治療を受けるよう説得するための法的根拠がなくなったとも言え、入院までのハードルは高くなっています。

入院期間が短く
2.入院期間が短くなった!

現在、精神科病院での治療期間は、重度かつ慢性化した症状の患者を除き、三ヶ月未満が基本とされています。医療機関にとっては、入院が長引くほど診療報酬が減る一方、入院継続のための手続きは煩雑化するため、患者の症状にかかわらず、早期退院をさせざるを得ないのが現状です。仮に、民間移送会社などを利用して家族が医療につないだとしても、三ヶ月未満の入院では、本人に病識をもたせたり、服薬の習慣をつけさせたりすることは難しいものです。
家族は入院治療の継続を望みますが、保護者制度が廃止されて以降 、家族と主治医の見解が異なる場合には、主治医の判断で決められるようになっています。こうして、早期退院と同時に服薬をやめてしまい、元通りの生活に戻ってしまったというケースは少なくありません。
なお厚労省では、地域包括ケアシステムの構築により、2020年度末までに、「入院後3ヶ月時点の退院率を69%以上、6ヶ月時点の退院率を84%以上、1年時点の退院率を90%以上とする成果目標」の設定を検討しています。

地域移行
3.「地域移行」は平等ではない!

そもそも早期退院は、地域移行を前提として行われており、医療機関のケースワーカー(精神保健福祉士)には、患者が地域で生活できるよう支援する義務があります。しかし現実には、身体障害者や知的障害者の方に比べて、精神障害者の方が利用できるグループホームなど入居施設は圧倒的に足りていません。また、施設を運営する側としても、できるだけ「扱いやすい」患者を優先して入居させたい思いがありますから、家族では面倒のみきれない対応の難しい患者ほど、敬遠されてしまいがちです。
ちなみに2018年施行の改正障害者総合支援法では、「入居施設」から「地域」へと移行する数値の目標案が提示されています。これは、年々膨れあがる障害福祉関係予算(平成29年度予算案12656億円)が影響していると考えられますが、一人暮らしが難しい患者は、結局家族のもとへ戻るか、もしくは地域に放置されるようになることが懸念されます。

クリアー
「ルール」と「責任の所在」なくして、地域移行はなしえない

●ルールの形骸化

精神保健福祉法においては、形骸化してしまっている条文があります。ここでは、弊社が日頃、業務を行う中で気づいた点をいくつか挙げてみたいと思います。

精神保健福祉法第五条(定義)
第五条では【この法律で「精神障害者」とは、統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者をいう。】と定められています。しかし日本の精神科医療は、かつてより「統合失調症」を中心とした、いわゆる性善説(服薬などで症状が軽くなれば、あとは社会で治しましょう、という考え)に基づいて行われてきました。結果として今では、「精神病質」や「知的障害」の患者を積極的に受け入れる医療機関は、ほとんどありません。「精神作用物質による急性中毒又はその依存症」(=薬物やアルコールなど物質使用障害)に関しては、専門の医療機関も増えつつありますが、やはり任意入院での受け入れがほとんどで、病識がなく、自傷他害の恐れのある患者については、なかなか受け入れてもらえません。

精神保健福祉法第三十四条(医療保護入院等のための移送)
1999年の法改正により、医療保護入院のための移送を行政が行うと制定されました。しかし現実を見ると、全国で実施されているとはいえない状況にあります。この理由としては、煩雑な手続きに加え、具体的な判断基準がない、危機管理も含め患者対応ができる職員がいない、といったことが考えられます。
今では、相談に訪れた家族に対して、保健所職員が民間の移送会社を教えている実態もあります。また、民間の移送会社の中には、危機管理をせずに業務を行っている会社もあり、2016年3月には、東京豊島区で移送を行っていた警備会社の従業員が、対象者から刃物で切りつけられるといった事件も起きています。

精神保健福祉法第二十二条(診察及び保護の申請)
これはいわゆる「一般申請」と呼ばれる制度で、【精神障害者又はその疑いのある者を知つた者は、誰でも、その者について指定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができる。】と定められています。弊社への電話相談には、「近隣に医療や福祉のケアを受けていない精神障害者がいて、被害妄想に基づく迷惑行為などを受けている」という相談が数多く寄せられていますが、本来であればこのようなケースにこそ、「一般申請」が適用されるべきです。しかし、近隣住民が行政機関や保健所に相談に行っても、「一般申請」を薦められることはなく、こういった制度があることも広く周知されていません。弊社の経験では、「時間がかかるから」といった理由で申請用紙さえもらえなかったこともあります。
また、申請においては、申請者の氏名や生年月日、住所等を細かく記入する必要があります。闇雲に申請されることを防ぐ必要があるとはいえ、、一般市民が利用する制度としてはハードルが高いことも事実です。

●責任の所在はどこにあるのか

先に述べたように、保護者制度が廃止された今、誰が責任をもって障害をもつ方々のケアや支援に当たるのか、というのは大きな課題です。医療機関の中には、退院した患者に対する訪問看護や、グループホームと連携して地域生活を見守る等の取り組みを始めている病院もあります。しかし、それらの支援さえ拒否する病識のない患者や、コミュニケーションの難しい、症状の重い患者に関しては、積極的に関わってはくれません。相模原障害者施設殺傷事件が起きたことから、措置入院患者については、継続した見守り体制が構築されることになっていますが、課題は山積みです。結局のところ、日常生活においては家族や地域の負担が増え、事件化となった際には「地域住民」が責任を負わされることになります。

●真の地域移行を目指して

この【ルール】の不備と【責任の所在】の問題については、弊社の押川が以前より、メディアや著書を通じて訴えて参りました。「子供を殺してください」という親たち (新潮文庫)子供の死を祈る親たち (新潮文庫)では、その解決策も提示しています。
なによりも重要なことは、「地域移行」が進められる今、この問題は決して他人事ではありません。正しい知識がなければ、未治療や受療中断により重篤な症状を呈している方に対して、「関わらない」「近寄らない」という選択肢を選ぶしかなくなります。結果として、地域に放置された患者による事件が増えれば、治療を受けながら社会生活を送っている多くの精神障害者までもが、偏見や差別の眼差しで見られることにもなりかねません。真の地域移行を実現するためにも、実態を知り、ともに考えてゆく必要があるのです。


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